「図書館法」秘話二題…山室民子と中井正一:はなめいと|岩手県花巻市のコミュニティ

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「図書館法」秘話二題…山室民子と中井正一


 

 「新花巻図書館」構想がまるで、羅針盤を失った難破船のように漂流を続けている。発端は昨年1月、Mr.PO(上田東一市長)が市民参画手続きなどを無視して、突然打ち出した「住宅付き図書館」の駅前立地という“青天の霹靂(へきれき)”だったが、基本計画を策定するため、有識者を集めたという「新花巻図書館整備基本計画試案検討会議」(委員20人)の議論がこれまた低劣を極めている。今年4月の結成以来、これまで4回の検討会議を開催しているが、「重箱の隅」をつつくだけで、「図書館とは何ぞや」という本質論にはほど遠い。このままでは座礁・沈没を待つのみといった体たらくである。

 

 当初、私もその設立にかかわった「新花巻図書館―まるごと市民会議」の広報誌「ビブリオはなまき」の創刊号(2021年5月24日)に「花巻ゆかりの『図書館事始め』」と題する文章を寄せた。当地出身の女性が「図書館法」制定に貢献したことを紹介する内容で、根本的な図書館論議を促したいという思いだった。最近、“中井美学”で知られる美学者で、国立国会図書館副館長を務めた社会運動家の中井正一が「図書館法の成立―燃えひろがる火は点じられた」という一文を残していることを知った。そういえば最近、心に沁みるような烈々たる言葉のほとばしりを聞いていないような気がする。戦後、同じ時代を生きた二人の先達の図書館にかけた思いを以下に転載する。

 

 本日(8月15日)、76回目の「敗戦」を迎えた。一方で、もうひとつのコロナ“敗戦”という言葉がもれ聞こえてくる。さ~て、新手の敗戦処理をどうするものやら!?

 

 

 

【花巻ゆかりの「図書館事始め」】~山室民子(1900―1981年)

 

 「この法律は、社会教育法(昭和24年6月)の精神に基き、図書館の設置及び運営に関して必要な事項を定め、その健全な発達を図り、もって国民の教育と文化の発展に寄与することを目的とする」―。「図書館法」(昭和25年4月)はその目的について、第1条でこう謳っている。さらに、同法の根拠となった社会教育法は「図書館及び博物館は、社会教育のための機関とする。図書館及び博物館に関し必要な事項は、別に法律をもつて定める」(第9条)と規定している。

 

 「新図書館」構想に揺れる昨今だが、この図書館法を最初に手掛けたのが実は当地花巻にゆかりの人物だということは地元でもほとんど知られていない。「昭和24年の初夏から25年にかけて、私は文部省(当時)社会教育施設課に勤務し、『図書館法』の立案や国会提出に関係した」―。『社会教育』(昭和29年=1954年)というタイトルの雑誌にこんな記述がある。

 

 筆者は女性初の視学官(教育行政官)として、文部省課長(教育施設課)の第1号に就任した山室民子。〝社会鍋〟で知られるキリスト教の慈善団体「救世軍」の創始者、山室軍平の妻で民子の母親でもある(旧姓)佐藤機恵子(1874~1916年)は花巻の素封家の長女として生まれた。〝廃娼運動〟など社会の慈善事業に取り組む両親の下に生まれた民子は東京女子大を卒業後、アメリカ・カリフォルニア大学に留学。その後、ロンドンにある救世軍士官学校に入学するなど両親の影響を強く受けた。戦後、GHQ(連合国軍総司令部)の下で進められる民主化政策に共鳴し、CIE(民間情報教育局)のすすめもあって、文部省入り。当時の高まる気持ちをこう綴っている。

 

 「私は文字通り、公僕である。日本は武装を解いた。今は文化を以て立つ外はなく、それにつけても教育の重要であることを思わざるを得ない。及ばずながら私が新生日本の教育のための一つの捨石ともなれば、幸せであり光栄である。若い人びとよ、私を踏んで伸び上がってくれ」(「夕刊みやこ」1946年9月)―。日本初の〝文化立法〟と言われた「図書館法」は私たちの先人のほとばしるような情熱が産み落としたものであることを忘れてはなるまい。

 

 

 

【図書館法の成立―燃えひろがる火は点じられた(要旨)】~中井正一(1900―1952年)

 

 この度の図書館法も、このしめやかではあるが、堂々と流れる大河の寂けさに似て、そのもつ政治力は、ゴ-ゴ-の声で通っている幾多の法案よりも、遙かに遙かに巨大な法案なのである。なるほど財的保障はあるかなきかにささやかである。しかし、一本の芽は、決して、ガラスのかけらではない。それは伸びゆく生ける芽である。百年の後には、しんしんと大空を摩す大樹となる、一本の芽である。私達はこころから、この法案の通過に和やかなる拍手を、遠い遠い文化の未来に向って送るものである。
 

 円らな眼、紅い頬の村々の少年と少女の手に、よい本が送られて、たがいにひっつきあって喰い入るように読みあっている姿を、確実な幻として描くことができることは、深い楽しさである。この少年達から、二十年後の世界が生まれ出るのである。私達に想像もつかない二十年後が生まれるのである。二十世紀を完成する世界人が出現するのである。
 

 ここでも、いつもありがちな自分だけよければよいという考え方は、何にもならず、かえって自分もまた駄目になってしまうことになるのである。宇治川の先陣のような、「抜駆けようというこころ」は、今の文化では色あせた鎧である。にもかかわらず、至るところに残っている悲しい日本の現実である。図書館法はこのこころに禍いされ、汚されてはならない。ひたむきな協力で、私達はこのこころを洗いすて、洗い清めなくてはならない。
 

 そして、この法案の周囲に、温かい文化を愛するこころを集めなければならない。一隅を照らす光のように、一つの火が他の火に呼びかけるように、次々に燃えひろがる火でなくてはならない。燈台が照らしているようなこころもちでは、それは運動ではない。一つの小さな小さな火が、一つの小さな火に燃えうつり、点々として燃えひろがる火でなくてはならない。それはやがて燃えに燃え、広がりに広がる焔となるのである。これこそは、無限に広がり無限に燃えつづけるものである。それが消えるものであるが故に、燃えていることが美しく、また大切でもあるのである。

 

 図書館法案は、人々が気がつかない程の無限の数字を、新たな歴史を胎んで、今議会を通過したというべきであろう。これを継ぐものは、正しく地を継ぐものとして、重い重い責任を課せられたというべきである。  (底本『論理とその実践―組織論から図書館像へ』=昭和47年、てんびん社刊。青空文庫所収)

 

 

 

(写真はありし日の山室民子=インタ-ネット上に公開の写真から)

 


2021.08.15:Copyright (C) ヒカリノミチ通信|増子義久
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