大風呂敷と小風呂敷:はなめいと|岩手県花巻市のコミュニティ
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大風呂敷と小風呂敷
2018.10.08:Copyright (C) ヒカリノミチ通信|増子義久
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「岩手には、想像力の風が吹いています」(1997年11月14日付)―。宮沢賢治生誕百年(1996年)の翌年、朝日新聞全国版にこんなキャッチフレ−ズの全面広告が掲載された。代表作の『風の又三郎』の一節が添えられたこの広告はこう続く。「ゆったりと風に吹かれてごらんよ、ぼくが愛したイ−ハト−ブで。銀河の彼方から、宮沢賢治はそんな言葉をつぶやくかもしれません。彼を育んだ岩手の大地や、川や、森は、生命力にあふれ、彼に育まれた人々は、シャイな笑顔とやさしさにあふれています。幾重もの自然のささやきが、ときに想像力や直感を刺激して、眠っていた自分本来の資質をはっとめざめさせてくれる…」
口に出して、読んでみた。何ともこそばゆくなるような、穴があったらそっと身を隠したくなるような妙な気分になった。大風呂敷は大きいことに越したことはないが、これほど広げられればもう、脱帽するしかない。岩手県が「銀河系『想像』力。いわて」を謳い文句に「ふるさと」回帰を呼びかけた広告だが、想像力が枯渇した今となっては逆に感動的な趣きさえ感じられる。
「人生には『地方暮らし』という選択肢もある」(2018年9月5日付)―。同じ朝日新聞全国版に「ふるさと回帰フェア」の開催を知らせる広告が躍っていた。あれから20年余りが流れ、またぞろ「ふるさと」ブ−ムが到来しつつある。少子高齢化の時代を控え、全国の自治体はまるで金太郎飴みたいに「移住・定住」政策を最重点に据えている。たとえば、賢治の本家本元では―。移住者への住宅取得支援やUIJタ−ン就業奨励金、新規就農者支援事業…。「イーハトーブはなまき」をまちづくりのスローガンに掲げる割には随分とみみっちい。「人口争奪戦」がどの自治体でも喫緊(きっきん)の課題になっている時だからこそ、「銀河系『想像』力」という大風呂敷をいま一度広げてほしいと思うのだが、どうも風呂敷包はどんどん、小さくなるようである。こんな募集要項を見て、腰を抜かした。
「おかえりなさい。はなまきへ」という呼びかけで始まる文章にはこう書かれていた。「花巻市では、当市への移住・定住を促進する取り組みの1つとして、要件を満たす同窓会について、開催経費の一部を補助する事業を行います。花巻市に生まれ育ち、共に学んだ親しい友人たちとの懇親の中で、ふるさと花巻の魅力を再認識し、Uタ−ンを現実的に考えるきっかけづくりを応援する他、市の外から見た花巻市へのご意見をいただく取り組みを進めていくものです」―。条件によって、最大で2万円の補助金が支給されることが定められていた。トップの意向なのかもしれないが、それにしてもチマチマし過ぎる。発想そのものがけち臭い。そうでないとしたなら、逆に現場職員の想像力の貧困が透けて見えてくるではないか。ひょっとしたら、そこに介在するのは例の”忖度”(そんたく)というやつか。
わらをも掴みたいという気持ちは分からないではないが、何か背筋がざわっとした。原発汚染土の貯蔵施設をめぐる某大臣(当時)の「最後は金目(かねめ)でしょ」発言を思い出す。沖縄では米軍基地の辺野古移設先の地元に自治体の頭越しに国が直接、補助金を交付するという「分断」統治がまかり通っている。「貧すれば鈍する」―金をバラまいて良しとする、その精神性の荒廃に腰が引けてしまう。そもそも、「ふるさと」とは回帰する場所なのか―。賢治は銀河宇宙をふるさとからの「退路」として用意し(と私は思っている)、「石をもて追わるるごとく」に生地を後にした石川啄木は結局、一度もふるさとの土地を踏むことはなかった(9月18日付と同21日付当ブログ参照)。「追憶」と「呪詛」(じゅそ)ー、この二つはふるさとが宿命的に抱え持つコインの裏表である。
「兎(うさぎ)追いしかの山/小鮒(こぶな)釣りしかの川/夢は今もめぐりて、忘れがたき故郷(ふるさと)…」―。かつて、被災地で歌われた「故郷」が「歌えない」童謡になりつつあるという。東日本大震災の津波や原発事故でふるさとを追われたままになっている人たちにとって、この歌は時に残酷でさえある。9月中旬にそんな声を特集した毎日新聞は福島県から長野県松本市に移り住んだ、いわゆる「自主避難者」の女性(36)の胸の内を紹介している。「今年6月、同市で開かれた震災のチャリティ−コンサ−トに参加すると『故郷』が流れた。つらかったのは『こころざしを果たして/いつの日にか帰らん』という歌詞。帰れるなら明日にでも帰りたいという気持ちがこみ上げた」…
(写真は「ふるさと」回帰を呼びかけた岩手県の広告。今となっては、この大風呂敷が妙に懐かしい)
《追記》〜「ふろしきづつみ」
10月10日付「朝日新聞」のリレ−おぴにおん欄の「ちっちゃな世界」シリ−ズ(第7回)に、大船渡市の小学校教諭、小松則也さん(60)が東日本大震災の2年後、母親からの聞き書きを絵本にして自費出版した記事が載っていた。タイトルは「ふろしきづつみ」。「大震災の翌年からボランティアが激減し、風化を実感しました。そこで私は、あの日、家族が体験したことを残そうと絵本にしました」と小松さん。絵本を売る本屋さんの名前は屋号の川戸別家から「カドベッカ書店」。庭先に「日本一小っちゃな本屋さん」という看板を立てた。イ−ハト−ブはなまきの「風呂敷包み」の中身との差は歴然。小松さんが描く世界はちっちゃいどころか、賢治の銀河宇宙が顔負けするぐらいに「でっかい」