「皇室典範」改正の背後でうごめく亡霊たち…今様「アテルイ」の登場なるか〜本日、花巻市議選が告示〜怒れる賢治!!??:はなめいと|岩手県花巻市のコミュニティ
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「皇室典範」改正の背後でうごめく亡霊たち…今様「アテルイ」の登場なるか〜本日、花巻市議選が告示〜怒れる賢治!!??
2026.07.19:Copyright (C) ヒカリノミチ通信|増子義久
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「皇紀2686年という亡霊みたいな数字が日本全国を徘徊している」―。過日、衆参両院で可決・成立した「皇室典範」改正案の国会質疑の模様をテレビ中継で見ているうちに、記憶の奥深くに沈んでいた“亡霊”が突然、むっくりと目を覚ましたような不意打ちを食らった。「皇紀2686年」とは初代天皇とも呼ばれる神武天皇が即位した紀元前660年から数えて今年がちょうど、2686年に当たるということらしい。『古事記』や『日本書紀』には登場するものの、その「実在性」に疑問符がつきまとう、この人物がなぜ今…
「現在の(茨城県)つくば市は日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東征の途次に立ち寄ったとされ、『ヤマトタケル』伝説が至る所にある。また、そこにある筑波大学では秋篠宮悠仁(ひさひと)親王が学ばれており、皇室ともゆかりの深い地である」―。7月10日開催の衆院議院運営委員会で、日本維新の会の藤田文武・共同代表は改正案に賛成する討論の中で、こんなエピソードを引き合いに出した。「男系(男性)天皇」の正当性を主張するための伏線のつもりだったらしいが、私は「神話」の世界から突然降臨した“現人神”(生き神)の出現に動転してしまった。
「アテルイ没後1200年」―。私が長い記者生活から42年ぶりにふるさとに戻った直後の2002(平成14)年、その地は異常なたたずまいに包まれていた。「血が騒いだ」「体が震えた」「背中がザワザワした」…。当時、東北先住民「蝦夷」(えみし)の英雄「アテルイ」(阿弖流為)を主人公にした「わらび座」(秋田県仙北市)のミュージカルが全国各地で上演されていた。会場に足を運んだ人々の口から、こんな感情移入とも言える言葉がこぼれ落ちた。「まさか、1200年も前の歴史上の人物に…」と首をかしげた私自身、アテルイの降臨を目の前に見たとたん、体がわなわなと震えたのを覚えている。「まるで、DNA(遺伝子)の記憶が長い眠りから目覚めたみたいではないか」―
4世紀後半、第12代景行天皇の皇太子・ヤマトタケルノミコトによる「東征」に続いて、今度は第50代の桓武天皇下、奈良時代末期(8世紀末)から平安初期(9世紀)にかけて、本格的な“蝦夷征伐”(えぞせいばつ)が行われた。陣頭指揮に立ったのは征夷大将軍・坂上田村麻呂。一方、“まつろわぬ民”と蔑(さげす)まされていた蝦夷を率いたのがアテルイだった。この戦いは「38年戦争」と言われるほどの長期にわたったが、アテルイは「和議」という奸計(かんけい)にはめられ、延暦21(802)年、河内国(現大阪府)で打ち首に処せられた。
「こうした古代からの歴史(皇紀2868年)を踏まえれば、男系(男性)天皇こそが我がニッポン国の本来の姿ではないか。日本の伝統文化はここに礎(いしずえ)が築かれた」―。藤田共同代表の熱弁にはさらに熱がこもっていた。刹那(せつな)、“国体”護持というきな臭いが鼻先に漂った。不吉な予感が走った。力づくで「愛子」天皇を排除しようとするその背後に私はもうひとつの権力の暴力を見てしまっていた。
「没後1200年」に際し、私たち有志はわらび座の地元公演を企画し、公演に先立って5回の連続講座を開催した。タイトルは「悪路王からアテルイへ」―。“悪路王”という汚名を返上し、本来の東北先住民としての名誉を回復するための草の根からの運動だった。そして、気の遠くなるような時空を経たいま、「皇室典範」改正という隠れ蓑を使って、既に無効になったはずの“蝦夷征伐”をもう一度、正当化しようとする底意が見え隠れする。
「万世一系」なる、いわゆる“血統”主義はアテルイも愛子さんも同時に排除しようとする暴力装置、あるいはそれを可能とするクーデターであるとさえ言える。日本初の女性首相がなぜ、これほどまで頑(かたく)なに「女性天皇」を拒み続けるのか―ナゾは深まるばかりである。ついでに言えば、日本の最高神で皇室の祖先神とも言われる「天照大神」(アマテラスオオミカミ)は女性神だったらしい。その一方で、過度な「愛子天皇」待望論も一個人に対する人権侵害―つまり男女差別と紙一重であることも肝に銘じておきたい。いま一度、「天皇制」の在り方を根本から論じ直す時なのかもしれない。
本日(19日)、新しい市議会議員を選ぶ選挙が告示された。26日に投開票される。果たして、不正義に正々堂々と異議申し立てができる「今様アテルイ」(当然のことながら、ここには男女差は存在しない)が登場するや否や…。ついに、「純国産の核保有を」ーと訴える候補者も現れた。今回の市議選ほど、その「選択」の重要性が問われる選挙はあるまい。足元のイーハトーブでは図書館問題をめぐって、異論(民意)を黙殺しようとする企みが着々と整いつつある。片や永田町に目を向けると、皇室典範の改正をめぐって、”言論の府”であるべき国会がまるで、カルト化(誇大=古代妄想教)の様相を呈しつつある。
「立法府(国会)の総意=国民の総意」(皇室典範改正)VS「市議会の同意=市民の総意」(新花巻図書館)―こんな”詐術”が堂々とまかり通っている。
(写真は告示日の翌日にようやく出そろった候補者の掲示ポスター。果たして、この中にアテルイの志を持った候補者はどれほどいるだろうか=7月20日午後、花巻市内で)
《追記ー1》〜自称会派「アテルイ」!!??
26日投開票の花巻市議選に立候補予定の届け出が告示日の19日午後5時で締め切られ、定数26に対し、31人が正式に出馬を表明した。内訳は男性28人に対し、女性3人。年齢別では最高齢が80歳(現職)で、最年少は30歳(新人)。現・新・元別では「現職」が16人、「新人」が12人、前議員を含む「元職」が3人となっている。また、60歳代以上が6割以上を占め、期待したほどの世代交代は進まなかった。
さてところで、私は2010(平成22)年、70歳にして初当選し、その約半年後に東日本大震災(3・11)に遭遇した。初質問はいわゆる、“ドアマン”事件。議員たちが議場に出入りするたびに当局側の議会事務局員がホテルのドアマンよろしく、ドアを開閉する姿に「議員って、何様だ」と怒りが沸点に達した。「即時中止」を双方のトップに求め、この一件は落着を見たが、その後のバッシングが酷かった。
「新人の議員のくせに被災地支援にばかり、力を入れている…」―。こんな集団リンチみたいな誹謗中傷が革新系会派を含めたほぼ、全会派から浴びせられた。「義援金流用」疑惑や「(議員による)さっさと帰れ」発言を追及した私が逆に「懲戒」処分に処せられたことについては、当ブログで何度か触れた。いまだから白状するが、私はそんな時、自称1人会派「アテルイ」を内心で名乗るようにしていた。会派の構成要件は3人以上の議員。1週間後に迫った今回の市議選では同じ志をも持つ人たちが当選を果たし、正式にこの会派を立ち上げてほしいと心から願いたい。「処分」は言うまでもなく、私にとっては掛け替えのない“勲章”である。
《追記―2》〜現代版「雨ニモマケズ」(作詞=怒れる賢治)
選挙ニモマケズ/総裁選ニモマケズ/支持率低下ニモマケヌ丈夫ナ神経ヲモチ/決シテ眠ラズ/休日ニタクサンアイロンヲカケ/アラユルコトヲ 維新ヲカンジョウニ入レテ考エ/異論ニ耳ヲ貸サズ
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米国ニ専制君主アレバ/平和ノ使者ダト持チアゲ/奈良ニ鹿アレバ/外国人ガ蹴リアゲルト言イ/国会ニ質問アレバ/閉会ノ間際ニナッテ陳述書ヲ出シ/骨太ノ方針アレバ/財政健全化ノ旗ヲ下ロシ
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テレビニ映ル発表ノトキニハ/ニコヤカニ笑ッテイル/ソウイウ政治家ニ/ナリタカッタノデスカ(7月23日付朝日新聞コラム「素粒子」より)