長井古写真物語 49 金属供出:長井市観光ポータルサイト

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長井古写真物語 49 金属供出


長井市文教の杜に保管されている古写真を紹介します。一枚の写真から情報を読み込みます。

太平洋戦争の激化に伴い、全国で昭和17年から18年にかけて金属回収が繰り広げられました。長井でもその憂き目にあった様々なものがあります。


 昭和34年の写真で「横山孫助」翁の胸像移転時のもの。場所は長井小学校南西角。もともと、長井町役場に自治功労者として昭和5年9月29日に建立されたものですが、戦前の金属供出で台座だけになりました。戦後、山形に型が残っていたため、改めて建立されました。写真の胸像は二代目ということになります。現在はつつじ公園にあります。


 昭和34年ころの長井橋写真。木製欄干が危険な状態になっています。金属供出後は、木製でしのいでいたのでしょう。鉄製に改修されたのは昭和35年秋ですから、18年近く木製の欄干が設置されていました。


 昭和32年5月3日、長井小学校に長沼孝三作「慈愛の像」が建立されました。これは、新学制10周年を記念してPTAが寄贈したものです。この台座をよく観てください。側面を見るとわかりますが、底辺が狭く、上の方が広くなっています。この台座には、「大楠公銅像」がありましたが、供出されています。桑島五郎氏が昭和15年2月11日に寄贈したものでした。長沼氏は、台座だけとなったものを上下逆に使用したものでした。


 明治39年10月、つつじ公園南西に建立された「西置賜郡招魂碑」。明治37・38年の日露戦争の戦没者を祀ったもの。青銅製の砲身型の碑も供出されました。昭和18年7月15日に供出の壮行式を行い、昭和18年9月4日、秘密裏に運ばれたとのことです。


(トップ写真は、文教の杜コレクション「ガラス瓶」です)
2014.04.08:Copyright (C) 読みもの長井物語
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