第8話 日直室のキリスト画 その2(西大塚駅):おらんだチャンネル

おらんだチャンネル
第8話 日直室のキリスト画 その2(西大塚駅)


 やがてUさんにも召集令状が届きました。入営の前日、駅に顔を見せたUさんは、私に一枚の絵を渡してこう言いました。「私が戦地から帰って来るまでこれを預かってくれないだろうか。もし無事に帰って来たその時は・・・・。今から母と親戚で最後の晩餐です。明日は宜しくお願いします。」と。そしていつもの柔和な笑顔を残して帰って行ったのでした。私は「どうかご無事で」と言うのが精一杯でした。

 

 翌日、いつもと同じように壮行の儀式が始まりました。Uさんの家では、昨夜はどんな会話が交わされたのでしょうか。Uさんは最後までお袋さんと目を合わせることはせず、遠くの空に視線を向けていました。そしてひと際大きな汽笛と長い黒煙を吐き出して、列車はホームを出て行ったのでした。

 

 戦況は刻々と悪化の一途をたどっていきました。奥羽線で働いていた友人からは、兵隊を移動させる軍臨(軍用臨時列車)に初めて乗務した時は、客車の窓は鎧戸が全部降ろされ、兵士の姿が全く見えないようになっていて、みだりに会話することも許されなかったと教えられました。また車掌として乗務していた時に空襲に合い、機銃掃射に遭遇したとも聞きました。戦争の恐怖が身近に迫っていました。この地に居て「死の恐怖」と戦うことが、遠く離れた人を思うことにつながるような気がしたものです。

 

 やがて終戦となり兵隊さんが戦地から帰って来ました。私は駅長の許しを得て、受け取ったキリストの肖像画を日直室に飾りました。そして毎朝、祈りを捧げるのが日課となっていました。けれども、Uさんが帰って来ることはありませんでした。しばらくして私は縁あってこの町を離れることになりました。十数年ぶりで訪れた駅舎は、昔のままの姿で迎えてくれました。ガラス窓の向こうに、Uさんや共に働いていた仲間の姿が蘇ってきました。優しい笑顔のキリスト画を想い出しながら、あの時代、私たちは確かにここで生きていたんだと思うのでした。

 

 

【おらだの会】 「兵隊さんの汽車〜幻の戦時童謡」はこちらからどうぞ

  → 汽車ポッポの歌:おらだの会 (samidare.jp)


2023.03.01:Copyright (C) おらだの会3
この記事へのコメントはこちら
題名


本文


作成者


URL


画像

編集用パスワード (半角英数字4文字)


 ※投稿後すぐに反映されます。
ゲストさんようこそ
ID
PW

参加者数
 合計 66人
記事数
 公開 5,410件
 限定公開 0件
 合計 5,410件
アクセス数
 今日 2,120件
 昨日 2,490件
 合計 10,079,860件
powered by samidare
system:samidare community