▼60年前の念仏踊り
戦後から8年・・昭和28年当時の西大塚念仏踊りの貴重な写真である。
川西の詳しいオジサンこと渡部氏に提供戴いた資料だ。
もう消滅解散して復興も検討されたが、難しい情勢。
伝統芸能は一旦途絶えると復興は至難の業だ・・・。
トップの写真は踊りの最中の様だろうか?休憩中か不明である。
左側には着物姿で花笠を被った四つ竹 ? ・・・それにしても大勢だ。
30人は居るだろうか?信じられない人数である。
弓張り提灯を持った取締役(伊佐沢では)が、しゃがんで休憩しているように見える。
その右手に男が何かを報告している・・・視線はその右手の奴だ。
奴の背負っている箱のデカイこと!!
その後ろにしゃがんでこれも休憩中の太鼓と笛の囃子だろう。
右端には纏があるが、伊佐沢の様に纏持ちが持っているのではなく固定しているようだ。
・・・と思ったら下の写真を見ると手持ちの纏がある。
纏には神が宿る重要な場所と聞いている。

なんと念仏踊り関係者百人の記念撮影である。
下の段にはオカメとヒョットコの面を持った若者が居る。
伊佐沢では面スリというヒョットコ面が居るが、オカメは居ない。
よく見ると後ろに女性の関係者がいる。伊佐沢念仏踊りでは今でも女人禁制なんだが・・。
男女混合だと、メリハリといか微妙な緊張感が芽生える。
出会いの場にもなったのだろう。

後ろに看板の文字が見える「大塚村北部青年会?」
戦後青年団の活動として行ったのだろう・・。この後、引き続き秋祭りに向けての獅子舞の
稽古が始まり村には活気が満ちていたのではないか。
五人が揃ったこの写真は大太鼓と締め太鼓、笛の囃子方だ。



九人の若者達は花笠を持っている。
半纏の襟の文字解析が面白い。
大塚と道楽◯  廣居組  ロングラン自轉車◯◯? アカユ西村・・・・・???
花笠の飾りも造花と実物の葉っぱで作られて凝っている。

戦後高度成長期の爆発的なエネルギーが伝わってくるようだ。


→画像[ ]
2016.03.18:shishi5

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