▼梅津弥兵衛2
長井市大町の獅子頭彫り師の梅津弥兵衛・・屋号「若木屋」の聞き取り調査の話しだ。
この木札は総宮神社の氏子札・・今で言えばマイナンバーカード。

もう弥兵衛から12代目の方も亡くなり、その細君だけで途絶えようとしている。
昨日その方から、残された写真や資料を拝見したのだった。
以前も、ご紹介したが弥兵衛氏は文政11年(西暦1828年)十日町竹田清兵衛の三男として生
まれ二十歳の時に大町梅津家に養子に入っている。
指物大工としての器用さ才能が、その資料に残されていた。
箪笥や仏壇の手描きの図面、羽織紋付の家紋の型が多数あり小さな刷毛も残されていた。


その時代の最先端である写真術も取り入れながら人力車業も興した写真も残している。
長井小学校建設中の写真や扇屋の店の前での同級会の記念写真もあるし・・



謎の合戦中の写真もあった・・明治期に長井で戦が起こったのだろうか?



最上川舟運で賑わう十日町を背景にしたロマンが漂う記録だ・・・。
さらに驚くべき事に、その写真にあった板看板も梅津家に残っていた。
・・とすると、この看板も弥兵衛の作ではないだろうか?


人力車宿は十日町の田端という地名にあったらしい。

また梅津家には弥兵衛氏の記名のある残した資料の古本が沢山残されていた。
如何にいろんな事を学んでいたのかが分かる。

まさに今・・残さないと消えてしまう話が現在山ほどあるので気揉めてしょうがない。


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2016.04.26:shishi5

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