おっかない話:ヤマガタンAnnex|山形の農業〜農林水産
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少し長いがぜひお読みいただきたい。
菅野芳秀
遺伝子組換え作物の安全性論議 by ○○
辞表を提出
私のように微生物の研究を行っているものが、遺伝子組換え作物の安全性に疑問を投げかけるような意見を公表するには、相当の覚悟がいる。過去に遺伝子組換え作物の危険性を示すような実験結果を公表した人たちが、仲間や友人を失っただけでなく、職まで失った。
とはいえ、私には、だまっているわけにいかない事態が起こったので、意見をはっきりと述べたうえで、辞表を提出した。こう書くと話が派手だが、実際には、辞職することを決めていたので、思い切って意見を述べることができたのである。
安全性を問う討論会
私が最初に遺伝子組換え作物について意見を述べたのは、2002年2月に行われた研究者ディベイト「遺伝子組換え作物、遺伝子組換え食品 Yes or No」である。主催したのは、江崎玲於奈氏が理事長を勤める「つくばサイエンスアカデミー」で、Yesの側は、農林水産省所管の研究所の日野明寛氏、田部井豊氏などの豪華メンバー。
ところが、Noの側の研究者は私だけ(当時は、経済産業省所管の産業技術総合研究所勤務)。それも、このディベイトの司会役の宮本宏氏が同じ職場であり、頼まれて仕方なく引き受けたのであって、最初の話では、Noの側の研究者も数人集めるということであったが、会場へ行ってみたら私しかいなくて、だまされた気分であった。
司会役の宮本氏によれば、「公の場で遺伝子組換え作物にNoという発言をするのは問題ありだ」と言ってきた人がいたということで、私がディベイトに出るというだけで、職場内で圧力がかかったのである。
このディベイトの内容は、主催者のホームページに今も記載されているが、私の意見の主な点は、
1.「危険ではない」は「安全」と同義語ではない。
2.遺伝子組換え生物は、「元の生物+付加した性質」という単純なものではない。遺伝子を付加したことで、余分な仕事を1つやらせているのであり、それが生物の本来の機能に狂いを生じさせているはずで、その影響を慎重に評価することが必要である。
3.動物実験では安全性の試験ができないということで、動物実験抜きで人間に与えるということになっているが、このような安全審査は納得できない。
4.それでもいきなり人体実験ということなら、すべての食品に表示をして、誰が食べたか追跡調査ができるような体制を作っておく必要がある。
の4点である。そして講演の最後に「食糧増産が正義なら、日本の減反政策は悪魔の政策」というスライドを出して終わりにした。この後に討論があり、上々の首尾でディベイトは終わった。
裁判に関与することになった運命の日
その後、何事もなく過ぎて、迎えた2005年6月26日。つくば・市民ネットワークという市民団体が主催する「遺伝子組み換え作物を考える市民集会」が、近くの公民館であり、これを聞きに行った。そこには、ディベイトの相手方であった田部井豊氏も来ていて、また少し議論をしたのだが、この集会の終了後に、知り合いのお米屋さんから、「遺伝子組換え稲の作付け禁止等仮処分申立書」(6月24日付)のコピーをいただいた。農水省所管の研究センターが遺伝子組換えイネの野外栽培をするということで、この中止を求めたものである。この申立書が、その後の私の活動を大きく変えることになった。
この申立書を読んで、このイネに関連する論文などを見た結果、とんでもないイネを野外で栽培しようとしていることに気付いた。下手をすれば人類の滅亡につながりかねない代物である。ただ、このイネの栽培に反対する意見を表明したら、職場に居づらくなるのは確実であるが、どうせ半年後に辞職するのだからと、すぐに、申立書を書いた人に連絡をとって、7月7日付けで裁判所へ陳述書を出した。
危険な遺伝子組換えイネとは
この遺伝子組換えイネは、菜っ葉の一種のカラシナから切り出した抗菌剤生産遺伝子が導入してあり、ディフェンシンという名前の抗菌剤を多量に作る。このディフェンシンの作用で、イモチ病にも白葉枯れ病にも強いのだというふれこみである。しかし、ディフェンシンを乱用すれば、ディフェンシンで撃退できない耐性菌がでてきて、大きな問題が起こる。ディフェンシンについては、実験室内で耐性菌を作り出した事例がすでにある。
ディフェンシンは、カラシナだけではなくて、ヒトも病原菌を撃退するために作っており、自然免疫の中核となる重要な物質である。ヒトは、呼吸や食事によって頻繁に病原菌を体内に入れているが、気管や腸壁などからディフェンシンを出して病原菌をやっつけているから、健康に過ごせる。
このディフェンシンに対する耐性を持った病原菌が出たら、どのような事態が起こるか。直接的な証明はないが、ディフェンシンでの防御が出来なくなってしまったネズミを使った実験の結果では、エサに少しの食中毒菌を入れただけで中毒を発症している。
この例からわかることは、もしもディフェンシン耐性の食中毒菌が出現したら、わずかの量の菌を飲み込んだだけで発病し、それが次々と伝染していくと予想される。つまり、高感染性の食中毒菌が発生することを意味しており、多くのヒトが発病すると思われる。ディフェンシン耐性菌は健康なヒトを容易に病気にしてしまう菌なのである。
もちろんディフェンシンと一口に言っても、いろいろと種類があり、カラシナディフェンシンとヒトディフェンシンとは構造が異なるが、共通部分もたくさんある。このため、カラシナディフェンシンの乱用で生じた耐性菌がヒトディフェンシンにも耐性であることは十分に考えられる。
すでにヒトをはじめとしてさまざまな生物がディフェンシンを生産しているのであるから、自然界でも耐性菌が次々に出てきてもよさそうだと考えるのは浅はかである。耐性菌が出るかどうかは、病原菌が抗菌剤に頻繁に出会うかどうかによるので、ヒトもカラシナも、ディフェンシンを必要なときにしか使わず、普段は蓋をして隠し持っているから、そうやすやすとは耐性菌が出現しない。
今回の遺伝子組換えイネは、カラシナの遺伝子を挿入することで常時多量のカラシナディフェンシンを作って分泌するように作られており、過去の抗生物質の乱用よりも悪質である。イネがディフェンシン製造工場になっているわけであって、イネは枯れるまでディフェンシンを作り続ける。しかも、このディフェンシンは、蓋の部分を取り払った裸のディフェンシンであり、耐性菌が出現しやすい。
このイネの栽培によって野外へ花粉が飛べば、ディフェンシンを作るイネがどんどん増えていくことになり、ディフェンシン耐性菌の出現可能性がどんどん高まる。こんな危険な実験を許すわけにはいかない。
そこで、陳述書を書いたが、微生物の専門家でないと理解が難しい内容を含んでいたので、最初は、裁判の相手側だけでなく申立者にも十分わかってもらえず、理解してもらうまでに時間がかかった。
陳述書への上司の反応
私の陳述書は、相手側から、私の所属する研究部門の副部門長へFaxで来て、部門長へと届けられた。部門長からは、相手側に全面的に同調する文書が、すぐに裁判所へ提出された。この文書の内容は全くの的外れなものであったが、部門長が怒っていることだけはよくわかった。
都合の悪いことに、職場の狭いフロアに私の研究室と部門長室と副部門長室とが並んでおり、廊下でよく出会うので、非常に気まずい思いであった。私が陳述書で主張したのは、抗菌剤の乱用をやめなさいという点であって、遺伝子組換えは論点ではないのであるが、部門長は、農水省が推進している遺伝子組換え作物に反対するのはけしからんの一点張りで、私の主張内容を理解する気はさらさらなかったようであった。
ここはしばらくの辛抱と思ったが、部門長のひどい圧力に耐えかねて、研究所の中枢である研究企画部に助けを求めた。
そこでわかったのだが、私の陳述書については、すでに部門長から研究企画部へ訴えが出ていて、研究企画部で検討の結果、この陳述書は、研究者が自分の見解を表明したものであって、何ら問題はないという結論がとっくに出ていたのである。逆に、部門長の行為は問題ありで、注意を与えるということになった。職場には微生物の専門家が何人もいるから、私が提起した問題の正当性と重要性を理解してもらえたようであった。
下品な被告の反応
このイネについての仮処分申請はその年の内に却下され、そのあと、本裁判となり、新潟地裁で現在も係争中である。被告は国民の税金で実験を行っているのであり、公の立場から、私の指摘が正当かどうかを見極めることが重要であるはずだが、それよりも裁判に勝つことを第一に考えているようで、反論の中身の下品さにはただ唖然とするばかりである。
被告の反論には、的外れの馬鹿馬鹿しいものや、当方の意見をわざと曲解して、当方がそう述べているかのごとく装ったりしたものがたくさんあって全くうんざりした。うんざりさせるのも、被告の作戦かもしれないから、淡々と対処している。現在、第三者による鑑定の結果待ちで、裁判はまだまだ時間がかかりそうである。
今度は組換えダイズで意見表明
最初の陳述書を書いた半年後に私は研究所を早期退職し、京都学園大学へと移った。遺伝子組換え作物については、大学内でも賛否両論あるが、前の職場と違って発言への自由度が高い。
大学へ移って早々に、遺伝子組換えダイズを食べたネズミが産んだ子の6割が3週間以内に死んだというエルマコバ博士の研究が世界中で話題になった。これに対して私は、食品の危険性を示すデータが出たなら、安全性を再評価する実験を国がしっかり行うべきであるというコメントを出した。
しかし、どこの国も、エルマコバ博士の実験結果を無視するだけで、再実験をしようとしない。もしもこの食品が遺伝子組換え食品でなかったなら、ちゃんとした再実験を国が行うと思うのである。そうでないと安心して食べられない。
ところが、遺伝子組換え食品は安全性審査が終わっているから二度とやらないという態度である。審査をしたといっても、動物実験をほとんど行っていないので、エルマコバ博士の実験に反論するような材料がない。推進側が論拠にしているたった1つの動物実験の結果は、エルマコバ博士の実験に反論できるような内容を含んでいない。
遺伝子組換え食品は、いきなりの人体実験であるから、追跡調査は必須のはずであり、危険の可能性は十分に残っているのに、あまりにも不可解な対応しかなされていない。そして、エルマコバ博士のデータは闇に葬り去られようとしている状況である。
おわりに
長きに渡り、私自身も遺伝子組換え技術を使ってきただけに、危惧するところはたくさんある。遺伝子組換え技術について、今後も機会あるごとに言うべきことは遠慮なく言いたいと思っている。