「奥の細道」紀行 (Ver2020):山形の歴史・伝統

山形の歴史・伝統
「奥の細道」紀行 (Ver2020)
 松尾芭蕉の「おくのほそ道」の旅は新暦で5月16日に始まりました。


新暦10月4日、この日、芭蕉は「奥の細道」結びの地である美濃国(現、岐阜県)大垣に到着しました。
以後、如行宅に滞在します。

  胡蝶にもならで秋経る菜虫哉 芭蕉  


     ※ ※ ※ ※ ※


新暦8月13日、芭蕉は中村(現、加茂市内)を出て村上城下に至り、旅籠
大和屋に宿泊しました。


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新暦8月12日、芭蕉は温海を出発して越後国(現、新潟県)に入ります。
この日は中村(現、加茂市内)に宿泊しました。


     ※ ※ ※ ※ ※



新暦8月11日、芭蕉は大山を出発します。この日は温海(現、鶴岡市内。2005年までは温海町)
の鈴木所左衛門宅に宿泊しました。


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新暦8月10日、芭蕉は酒田を出発します。この日は大山(現、鶴岡市内)の丸屋義左衛門宅に宿泊しました。


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新暦8月8日、芭蕉は酒田の近江屋玉志亭に招かれます。曽良と地元の不玉も同席して主客即興の句を詠みました。

 初真桑(はつまくわ)四つにや断たん輪に切らん 芭蕉



     ※ ※ ※ ※ ※


新暦8月3日、芭蕉と曽良は象潟を発ちます。夕方、酒田に帰着します。

   酒田・日和山公園の常夜灯。文化10年(1813)に建てられた。 


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新暦8月1日、芭蕉と曽良は象潟に到着しました。



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 新暦7月31日、芭蕉と曽良は象潟に向かうため酒田を出発します。この日は雨が激しかったので、あまり進まず吹浦に泊まりました。


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 新暦7月29日、芭蕉は鶴岡を発ちます。赤川の川船で夕暮れに酒田に着き、伊東不玉を訪ねました。


日和山公園から見る現在の酒田の港。


     ※ ※ ※ ※ ※


 新暦7月26日、午後2時30分頃、芭蕉は羽黒山を出発して、鶴岡に向かいます。
午後5時頃、芭蕉は鶴岡の長山重行宅に到着します。宿泊も同所でした。      

     ※ ※ ※ ※ ※



 新暦7月23日、芭蕉は曽良と共に湯殿山神社を参拝します。昼頃に月山に戻り、夕方、羽黒山の南谷に帰りました。

   
    羽黒山の五重塔
     

     ※ ※ ※ ※ ※





 新暦7月22日、芭蕉は曽良と共に月山登山を敢行します。午後4時前後に山頂に到着して月山権現に参拝し、その晩は角兵衛小屋に泊まりました。


山寺地区から見る月山
     

     ※ ※ ※ ※ ※




 新暦7月20日、芭蕉は羽黒山本坊で別当代の会覚と対面します。そこ本坊ではこの日、芭蕉は会覚を交えて八吟歌仙興行が行いました。

      

     ※ ※ ※ ※ ※


 新暦7月19日、芭蕉は新庄を出発します。本合海から舟に乗り最上川を下り、清川で下船しました。
そして芭蕉は陸路を移動して羽黒に着きます。大石田の一栄の紹介状により羽黒山別当代会覚の南谷別院を訪ね、そこに宿泊しました。

      
    芭蕉の最上川舟下り(『奥の細道』椋窓 編・香雪 画 より)           



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 新暦7月17日、芭蕉は大石田を出発します。舟形まで馬2頭を提供されます。この日、新庄に着き、渋谷甚兵衛(俳号 風流)宅に泊まりました。

 


     ※ ※ ※ ※ ※



 新暦7月14日、芭蕉は山寺を出発します。天童までは馬を借りました。午後2時半頃に大石田に着き、その晩は高野一栄宅に泊まりました。


 紅花 


     ※ ※ ※ ※ ※



 新暦7月13日、芭蕉は尾花沢を出発し、道中は馬を乗り継ぎ、午後3時頃、山寺に到着します。
 この日、芭蕉は山寺の宿坊に泊まり、翌朝、旅立ちます。

   閑さや岩にしみ入蝉の声  芭蕉 


          立石寺(2020.7.13) 


    ※ ※ ※ ※ ※


 新暦7月9日、芭蕉は尾花沢に滞在中です。
 この日、芭蕉は夜、歌川仁左衛門(俳号 秋調)宅の日待ちに招かれました。宿泊は鈴木清風宅でした。
                 ※「日待ち」とは、村内の仲間の者が集まって、ある決まった日の
                 夕刻より一夜を明かし、翌朝の日の出を拝して解散する行事。


          紅花  

     ※ ※ ※ ※ ※


 新暦7月4日、芭蕉は尾花沢に滞在中です。
 この日、芭蕉は鈴木清風宅近くの養泉寺に泊まります。


     ※ ※ ※ ※ ※


 新暦7月3日、堺田を出た芭蕉は、昼過ぎに尾花沢に着きます。この日、芭蕉は鈴木清風宅に泊まりました。
 芭蕉は7月13日の朝まで、尾花沢に滞在します。 

  涼しさを我宿にしてねまる也  芭蕉


     ※ ※ ※ ※ ※


 新暦7月1日、岩出山を出た芭蕉は、鳴子より尿前関を越えて出羽国新庄領に入り堺田の
有路家に泊まります。(現、山形県最上郡最上町堺田)
芭蕉は『おくのほそ道』の中で、そこを封人の家と呼んでいます。
芭蕉は 大雨のため翌日2日もそこに留まり、出発したのは7月3日のことでした。
『おくのほそ道』に芭蕉は、「三日風雨あれて、よしなき山中に逗留す」と書いていますが、
実際は、堺田には2泊だったのです。 

  蚤虱(のみしらみ)馬の尿(バリ)する枕もと  芭蕉

    
    現在の「封人の家」(国指定 重要文化財 旧有路家住宅)      

     ※ ※ ※ ※ ※



 新暦6月28日、芭蕉は、夕方、陸奥国の一ノ関(現、岩手県一関市)に至ります。
 新暦6月29日、芭蕉は一ノ関を出立、平泉に至ります。ここで高舘・中尊寺・光堂などを巡覧し、一ノ関に戻って泊まります。

 
    山寺芭蕉記念館敷地の紫陽花      

     ※ ※ ※ ※ ※



 新暦6月26日、芭蕉は、陸奥国で松島を出発して石巻に至ります。
 日和山に登り、石巻を遠望。渡波(わたのは)・遠島・尾駮(おぶち)の牧・真野の萱原
などを望み見ます。

              
  石巻の北上川の川中にある「巻石」。昔、海潮の干満の際に川水がこの岩にあたって渦巻きを
生じさせたところから巻石と呼ばれ、地名「石巻」の元となったと伝えられる。
  

     ※ ※ ※ ※ ※




 新暦6月25日、芭蕉は、陸奥国で塩竃・松島などを巡ります。
塩竃神社を参拝した芭蕉は、塩竃を出船、午ノ刻(午前11時35分頃)松島に着きます。
芭蕉は、松島では瑞巌寺・雄島・五大堂などを巡覧します。 
 この晩、芭蕉は松島の久之助方に宿をとりました。

 島々や千々に砕きて夏の海  芭蕉(『蕉翁全伝附録』)

 松島や鶴に身をかれほととぎす 曽良(『おくのほそ道』)

                           松島

     ※ ※ ※ ※ ※


 新暦6月23日、芭蕉は、陸奥国仙台(現、宮城県仙台市)にいます。
画工・北野屋嘉右衛門の案内で、権現宮・躑躅が岡の天神・国分尼寺跡
薬師堂などを見物しました。

 あやめ草足に結ばん草鞋の緒 芭蕉

     山寺芭蕉記念館敷地のホタルブクロ(令和元年6月23日)

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 新暦6月17日、芭蕉は、陸奥国郡山(現、福島県郡山市)を立って、
浅香山や黒塚を見物しています。そして、郷ノ目村の神尾庄左衛門方に
立ち寄り、福島に泊まります。

     黒塚(二本松市・阿武隈川のほとり)

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 新暦6月11日、芭蕉は、陸奥国須賀川(現、福島県須賀川市)の俳人
等躬(とうきゅう)のところに滞在中です。


     山寺芭蕉記念館内のツツジ(令和元年6月11日)


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 新暦5月16日、芭蕉と門人・曽良は深川を出船して、「おくのほそ道」行脚の途につきました。この日は粕壁に泊まりました。


          山寺芭蕉記念館敷地内の芭蕉の木



 


  



2020.04.01:Copyright (C) 山寺芭蕉記念館
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