上杉文華館 「 娘と孫 」:置賜の宝発掘プロジェクト(仮称)
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上杉文華館 《 上杉鷹山をめぐる人々 》
「 娘と孫 」
【展示期間】:平成26年10月23(木)〜11月25日(火)
鷹山自身の子は二人の男子だけで、いずれも長生きしませんでした。その代わり、治広の娘たちや後の一一代藩主斉定など、上杉家の子女の養育に力を入れています。斉定はじめ鷹山の隠居所・餐霞館のもとで養育された者もいます。国宝「上杉家文書」のなかには、義理の孫・斉定との間で交わされた書状や、上杉家の子女の動向を記した文書が数多くあります。当時、子育ての方針を決め監督することは家の当主の務めでした。鷹山はこの務めを熱心に果たし、儒教の教えや社会の常識を孫たちに丁寧に教え諭しています。
今回は、義理の孫・斉定との間で交わされた書状の上杉斉定伺書並上杉鷹山答書(うえすぎなりさだうかがいしょならびにうえすぎようざんとうしょ)をご紹介いたしますヘ(゚∀゚ヘ)
江戸時代 (文化六年・一八〇九)
伺書 一二月二六日/答書 正月
伺書 一五・一×五〇・五
答書 一六・六×五七・〇
米沢市上杉博物館
[解説]
上杉式部大輔(うえすぎしきぶだゆう)、後の一一代藩主斉定から鷹山宛の質問書で、別紙に鷹山からの返答が記されています。別に本文があったようですが、現在では未詳です。
斉定は家臣の源五郎から、師(幕府の儒学者)・古賀精里(こがせいり)を藩邸に招いて教えを受けているが、古賀邸へ斉定自身が出向いてお礼をしてはどうか、と提案を受けました。一方の家臣の五郎左衛門は、表向きの礼だけ整えてもしょうがない、と反対したようです。
悩んだ斉定は、どちらがよいか鷹山にごく内密に相談しました。
これに対し鷹山は、源五郎の提案にも理解を示した上で、表向きの礼だけを整えても、誠意が伴わなくては恥ずべきことだ、と述べ、現在の時代や習俗もあるので出向くことは見合わせるよう諭しています。斉定が古賀に入門してから三年目とあり、文化六年頃の文書と推定されます。
鷹山の答書には、儒教の基本的な書である『礼記(らいき)』や、『劉備(りゅうき)』(文中の「昭烈」)が軍師・孔明を招いた際の三顧(さんこ)の礼などが引用されています。
孫を想う気持ちは時代が変わっても揺るがないものの1つなのかもしれません・・・(*・ω・)(* -ω-)(*・ω・)(*-ω-)
◆コレクショントーク
11月 15日(土)14:00〜
講師:当館学芸主査 佐藤 正三郎
場所:常設展示室 上杉文華館
※入館料が必要です。
朝晩のめっきり寒くなって冬の足音が近づいて来ましたΣ( ̄ロ ̄lll)
季節の変わり目ですので、体調など崩さないよう御自愛下さい.d(・∀・*)♪゚+.゚
次回、展示予定
上杉文華館 《 上杉鷹山をめぐる人々 》
「 藩校・興譲館の俊英 」
【展示期間】:平成26年11月27(木)〜12月21日(火)
.。o○.。o○ お問い合わせ 米沢市上杉博物館 0238−26−8001まで .。o○.。o○