スキンシップ:生涯学習ノート
生涯学習ノート |
スキンシップ
2010.04.24:Copyright (C) 年だからでなく年がいもなく
急に一人で大河原の桜見てきました
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先日観た映画「しあわせの隠れた場所」でも、困難に直面した黒人少年が母親役の白人の女性にハグしてくれとお願いし、2人がしっかりとハグする場面が感動的で印象に残った
人と人とがスキンシップをすること、抱きあうことで信頼感、幸せ感を生み出せることは間違いないこと
そう分かっていても身近な人たちに素直にスキンシップができない
孫達が来て、愛しいと思いながらタッチングすることスキンシップをすることはほとんどない
女房とのスキンシップもない
このまま年老いて朽ち果てていくのだろう
そんななか次のような文章が目に入ってきた
ブログにも紹介した柳田邦男さんの「新・がん50人の勇気」という本の中で紹介されている文章
「幕の下りない舞台」という題目で、映画「午後の遺言状」製作にあたり監督の新藤兼人と妻である乙羽信子、それに共演者の杉村春子をからませて書いている
乙羽さんは当時肝臓がんを抱えながら演じ切って、映画完成後亡くなった
杉村さんはその後まもなくすい臓がんで亡くなっている
新藤監督は「愛妻記」という題で書いている
「早くベッドに入った。乙羽さんの寝巻きは私と同じガーゼ裏の浴衣だ。久しぶりに私たちは肌を接した。乙羽さんの右の脇腹にさわると注射の用器が埋まっていた。触っても痛くないという。肝臓にとりついたがんはどんなツラをしてやあがんだ、そこをひっぺがしてひねりつぶしてやりたい気がした。
「先生に見も心も捧げつくしたわ」
乙羽さんが呟いた。胸の底を寒い風が吹きぬけるような思いがしたのであろうか。」
当時、新藤監督81歳 乙羽さん68歳であった
柳田氏は
「美しい文章だと感じた。情景の鮮やかさは、映画の1シーンを見るようだ。新藤氏の脳裏には、2人でベッドに入った今の情況と重なるように、若き日に2人がはじめて結ばれた時の情景や言葉が浮かびあがってきたのだろう」と書いている
若かりし頃の新藤監督と乙羽さんとの関係は広く知られている
宝塚出身の乙羽さんと、結婚していた若き監督とが障害を乗り越えて結ばれた
その後の「愛妻物語」や近代映画協会を立ち上げての「裸の島」の製作など、2人は夫婦として同士として硬い絆で結ばれながら生きてきた
見も心も捧げつくした者同士だから老いても可能なスキンシップなのだろうか
素晴らしいと思うと同時にうらやましい思いもする
ベッドという言葉で思い起こす歌がある
I love you 今だけは
I love you
きしむベッドの上で 優しさを持ちより
きつく体 抱きしめあえば
それからまた2人は目を閉じるよ
悲しい歌に愛がしらけてしまわぬ様に
尾崎 豊 の「I love you 」である
この歌詞の前はこうである
I love you 今だけは悲しい歌聞きたくないよ
I love you 逃れ逃れ 辿り着いたこの部屋
何もかも許された恋じゃないから
2人はまるで 捨て猫みたい
この部屋は落ち葉に埋もれた空き箱みたい
だからおまえは子猫の様な泣き声で
お2人は捨て猫みたいではなかったが、若かりし頃の新藤監督と乙羽さんの関係に思いを馳せてしまう
思い違いとは思いながらもそう思ってしまう
この曲を聴きながらウオーキングをする
何十曲と入れているのでこの曲が廻ってくるのは月に1回くらいである
この曲を聴くと硬くなった老いたる心が柔らかく膨らんでくる
歩きながら何回も聴いてしまう
曲と歌詞と尾崎 豊の歌い方の素晴らしさがそういう思いにさせるのだろうか
自分の青春時代の愛が貧しかったことへの悔恨なのか
無垢で純真な愛に対する老いて感じる願望なのか
若さへの単なるノスタルジアなのか
曲を聴きながら、今頃になって考えながら歩いている老いたる自分
スキンシップから、男と女の愛とは、セックスとは・・と考えてしまう
今になってもわからないことだらけである