まだ 白川? 置賜白川?:長井市観光ポータルサイト|特派員

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まだ 白川? 置賜白川?


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 米沢から長井をめざした。
 道は置賜の穀倉地帯を北西に走っている。
   ‐‐‐‐ 略 ‐‐‐‐
 やがて道は川と交叉した。
 堤を降りてみると、ひろく白い河原がひろがっていて、砂礫のあいだを浅い流れが瀬走り早く流れている。先入主にある最上川は山峡をふかぶかと鑿って押し流れているはずであるのに、すこし河相がちがうようであった。
「白川です」
 と、運転手がいった。地図をみると、そうである。越後境いの飯豊山から発してつよい傾斜を走りつつこの平野に入り、やがて長井の地点で松川という川と合流し、そのあとは最上川と名を変えて北流してゆく。
             ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

1976年、稲田が熟れて田園の風景が黄色が主調に変わるころ、司馬遼太郎は週刊朝日連載の「街道をゆく・羽州街道」の取材に山形県を訪れた時、最上川沿いに置賜平野を北上し、狐越を経て上山を目指した。

このとき、司馬遼太郎は白川の河原に降り立ったのだ。ちょうど40年前、作家は白川を以上のように簡潔に記している。
この記事の画像のような景色が広がっていたのだろうか?

羽州街道というテーマから外れるからか、司馬遼太郎は長井に関しては極めてわずかしかふれていない。(残念!)

さて、司馬遼太郎が車を降りたと推定される場所の近辺にはこのような掲示物がたっている。


「置賜」の2文字がない。偏屈老人のモヤモヤがいささか晴れたような気がするのだが・・・・
2016.07.18:Copyright (C) シルバー族のひとりごと
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